珍しくプライベートな話をば。
友人からいきなり「Mが危ない。」とだけ書かれたメールが来た。
Mは学生の時の友人で、去年久々に会った時にはすでに、病気で入退院を繰り返していた。
FacebookやLINEグループでのやりとりを見て、元気そうだなーなんて思っていた。
そんなMが危ないというので、仕事を放り投げてお見舞いに行った。
平日にも関わらず、LINEグループのM以外のメンバー男女5人が全員駆けつけた。
その日は私たちだけでなく、Mの友人がたくさん来たらしい。
彼女はすでに意識がなく、人工呼吸器が苦しそうに見えた。
耳は聞こえているとお医者さんが言うので、「またみんなでごはん食べに行こうね〜!」とできるだけ楽しそうに振る舞った。
何度も涙をこらえた。
もう会えないかもしれないと思った。
それでも私たちは「また来るね〜!」と言っていた。
そして彼女はその日のうちに亡くなった。
彼女が亡くなったであろう時刻の少しあとに、私はお風呂でひとり「M、ありがとう」と強く想った。
その時はまだ生きてると思っていたけど、もう亡くなったあとだったらしい。
彼女にとってはずっと続いて来た闘病生活だったのだろうけど、残された私たちにとっては本当に突然の出来事だった。
なんだかんだずっと生きてるんじゃないかって、勝手にそう思ってた。
色々なことが重なって体調を崩した私は、通夜も葬儀も行けなかった。
ちゃんと現実を受け止めたくて、這ってでも行こうとしていたら、母に止められてしまった。
葬儀に参加しないと、実は全部嘘なんじゃないかって思えて来る。
学生の頃の写真がたくさんあったと聞いた。
撮った記憶なんて全然ないんだけど、私もたくさん写っていたのだとか。
たくさんアルバムがあって全部は見れなかったと。
私も修学旅行の写真とか持ってるんだろうけど、あえて探していない。
泣くとわかっているから。
私がFacebookにあげた写真に彼女からのコメントがついてる。
そのコメントから8日後に、彼女は旅立ってしまった。
コメントを見るたびに、まだ彼女がどこかにいるような気がしてしまう。
彼女のおかげで、残された私たちの絆は深まったように思う。
Mは友達を大事にする子だから、最後に私たちにそういうプレゼントをしてくれたのかもしれない。
彼女がいなくなって1週間。
それはとてもとても長い1週間だった。